有限会社 寿司清

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 築地市場の不思議

               
                                     
    
   築地市場は、関東大震災で壊滅的な打撃を受けた日本橋付近にあった
   魚市場の仮営業所として開場しました。
   昭和10年正式に移転が認められ、現在まで80有余年、この間戦争の爆撃
   にも合わず、(近くに聖ロカ病院や明石町に外国人の居留地があったため)
   開場当時の建物が、多く残されています。

   築地市場は、面積が23㌶、鮮魚売り場の仲卸店が600店舗前後、(最盛期
   には千店舗以上)一日の来場者4万2千人と、まさに日本の台所です。
   平成17年石原都政の時、建物の老朽化とトラック輸送が主になり交通渋滞
   改善のため、そして吹き曝しに市場がある衛生面の問題等で、豊洲移転を
   決定しました。

   紆余曲折がありましたが、小池都知事から豊洲市場の安全宣言が出され、
   平成30年10月 6日に築地場内市場は閉場し、11日に豊洲市場が開場します。
   ここでは、築地場内市場ならではの、従事者や関係者の知恵を紹介します。

まぐろの競り


 


 築地市場で一日取り扱われる水産物は、1800㌧
 前後で、その内まぐろは、ぶりやいか、あじや鮭と
 並んで取扱量が多く、主力商品です。

 特にまぐろの競りは、日本の近海物以外に全世界  
 から運び込まれる鮮魚や冷凍品が、競り場室に
 並び、競り人の威勢良く独特の符丁で、次々に
 仲買人に、まぐろが競り落とされていきます。

 1月5日に行われる初競りは、ニュースになり
 平成24年には、最高値5640万円。25年には、
 1億5440万円と天井知らずとなりました。
 中国の業者と競り合ったからとされ、翌年から
 最高値736万円と落ち着きを取り戻しました。

 近年は、海外からの観光客が多く、まぐろの競り
 見学は、人気の的で、午前5時からの先着順
 120人とし60人2回に分かれて見学します。
 また、場内市場見学は、原則午前10時からです。

 まぐろ等から出るあら(頭や骨、尾)は、飼料として
 再利用されるため、頻繁に回収されます。
 他の魚のあらも適切に処理するため、ハエが
 いない市場として七不思議の一つになっています。

 

 

築地市場 波除神社と水神様


 


 築地の土地の守り神は「波除神社」で、
 市場内の守り 神は、「魚河岸水神社」
 遙拝所は、場内市場内にあり、豊洲移転と
 共に豊洲市場内に御霊移しが行われます。

 もともと魚河岸水神社は、築地以前の日本橋
 魚市場内にもあり、大漁と海上安全の祈願
 から祭ったのが始まりで、本殿は神田明神に
 置かれています。

 豊洲の土地の守り神は、富岡八幡宮ですが、
 「市場の人が、他の守り神を信仰するのは、
 構わない」との立場で、この不思議な関係は
 続きます。

 波除神社のお祭りの神輿は、獅子頭で
 獅子祭りと呼ばれています。
 来年以降も築地のより発展を祈願して、より
 盛大に執り行うそうです。
 また、波除神社には、生類を殺生して商いを
 するため、各塚(すし塚や鮟鱇塚,海老塚等)
 を置き、霊を祀っています。


 
 
 

 

築地市場駅跡と船着場


 

日本橋にあった魚市場が、築地に移転したのは、
関東大震災で壊滅的な打撃を受けた事が、
大きな理由ですが、江戸時代から日本橋界隈に
移り住む人が多くなり、魚市場の悪臭に苦情が
多く寄せられたからです。

築地地区は、広大な土地があり、なりより当時物流
の主流だった貨物輸送と水運輸送に適した場所
でした。 貨物輸送は、汐留貨物駅から引き込み線
で、東京市場線が1931年に開通し全国から塩蔵や
干し物に加工された魚介類や練り製品、野菜や
根菜類が次々と築地市場に運ばれてきました。
築地市場が扇型の形状をしているのは、効率良く
貨物の積み下ろしをするためです。
現在でも市場には、駅舎の名残りが見て取れ、市場
の近くには、浜離宮踏切が永久保存されています。

隅田川河口付近にある築地市場は、漁港でもあり
鮮魚も数多く水揚げされていました。
現在でも江戸前の穴子は、直接取引しています。

高度経済成長をへて、高速道路が整備され、
物流の主力はトラック便等、陸送が中心となり
1987年、東京市場線は、廃線になりました。

現在では、冷蔵や冷凍技術、活魚輸送技術等が、
格段と進歩し、全国各地の鮮魚が毎日築地に
運ばれ、市場に所狭しと並んでいます。


 

 

築地市場 氷販売と蛇口から海水


 

築地場内市場では、魚の鮮度を保つため働く人々の
知恵と工夫がいくつも施されています。

上の画像は、氷販売店で場内で数ヶ所あり、
早朝からフル稼働で、氷のブロックや砕いて、
各店舗に運ばれ魚の鮮度保持に一番の
必需品です。

下の画像の蛇口からは、東京湾から海水が
汲み上げられ滅菌して、流れ出ます。
活魚を生かすための水槽や魚貝類の
鮮度を保つために、魚にとってとても優しい
海水を、魚の水洗いにも使われています。


場内市場では、各店舗から出る魚のアラや
内蔵を、定期的に一日数回運び出しています。
焼却処分の他、加工用や微生物の力を
利用して肥料用に再利用されています。 

魚の異臭が少ないのはそのためで、ハエが
少ないのは、海水にたからないからだそうです。
衛生面でも人々の工夫が施されています。

 

 海幸橋と築地橋

 

上の画像は、海幸橋の古い写真で、現在では
波除神社との間に橋桁と欄干を残し、在りし日
の姿が偲ばれます。
場内市場は水路に囲まれていたので、海幸橋や
勝鬨橋門、市場橋門の名が残ります。
中でも海幸橋は、美しいアーチ型に設計され、
そこを渡ると、市場内は大八車が行きかい
威勢の良い声が飛び交う別世界が広がって
いました。

市場の方々は、仕事に誇りを持ったザ.プロ
フェショナルで、その情熱と姿勢が築地を
世界に通じる市場へと成長させました。

中央は、築地橋で市場の横を貫く環状二号線
(オリンピック道路)で、晴海の選手村まで開通し
豊洲市場までは、2㎞です。

平成30年 10月 6日で築地場内市場は終了し
翌日から11日の豊洲開場に向けて、引っ越しに
大忙しで下の画像は、築地橋を渡って、
豊洲市場に向うターレと呼ばれる荷台車の
行列です。