有限会社 寿司清

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森繁氏所縁の品

ひさや巻と森繁通り丼 (22年 11月 14日)

ひさや巻と森繁通り丼 (22年 11月 14日)

 

森繁様やご家族がお好きなくるみ入りの太巻です。
森繁通りの命名式にあわせて、御次男の建氏より「ひさや巻」とお名前を頂き、同時に食べやすく半分にして、三つ葉や穴子など10種類の具を豪華に巻きました。
森繁様や先に亡くなった奥様へ、思いを込めてお作りしました。 
どうぞお召し上がりください。

ご長男の泉氏がご生前お店にいらっしゃるたびに、お酒を召し上がった〆にと、酢飯にたっぷりの海苔とお好みの魚を小さく切った物を乗せ、わさび醤油でかっ込
み洒落っ気で「通り丼、どーりで美味い!」と満足そうに召し上がって頂きました。
それがそのまま名前の由来になっています。
現在は、お昼の人気メニュー海鮮丼としてご提供しています。

ひさや巻  一人前 600円 (税別)
森繁通り丼 一人前 1000円(税別)

 

森繁通り 命名式 (22年 11月 13日)

森繁久彌 通り命名

 

森繁通り命名式には、御次男の健様、熊本世田谷区長様の御出席のもと執り行われました。
森繁通りが地図に載り、次世代に語り継がれることになった事が大変喜ばしく、森繁様や先代の皆様の安堵の声が聞こえる思いです。
関係者の皆様のご努力に感謝いたします。
ありがとうございました。
また、森繁様がボートで子供達を助けてくださったエピソードを紹介しましたが、昭和33年の伊勢湾台風の出来事と知り、改めて感謝と、森繁様の普段の優しさと、お人柄が偲ばれます。
森繁通りには、ご本人やご家族の方がお見えになった、「コーヒー工房」さんや「長寿庵」さん、頂いた色紙が飾ってある「千歳書店」さんがあります。

閑静で緑豊か、利便性の高い千歳船橋は、住宅地として大変人気が高く、近年大変多くの人が移り住んできています。

商店街もこの命名式を期に、船橋らしさを失わず、素晴らしい町に発展してことを願っています。

 

森繁久弥氏の思い出

森繁久彌 旧邸

 

昭和27年、東京映画撮影所が千歳船橋に設立された時を同じくして、森繁氏が撮影所の隣にお屋敷を構えました。
上記写真の中央森に囲まれてお屋敷があり、周りに白い建物が撮影所で4箇所あり、当時大人気だった駅前や社長シリーズを撮っていました。
 当時船橋は近隣の成城や田園調布に比べて知名度が無かったのですが、森繁氏は「ご縁がある船橋を有名にしたい」と気概があったと、と聞いています。
 駅前シリーズでは、船橋を度々ロケ地に使い、そのお礼にと試写会に近隣の住民を招待していました。また、私が子供の頃の記憶ですが、現在の緑道は烏山川が流れており、大雨が降ると水が氾濫していました。
橋の先に経堂小学校があり、帰れずに困っている子供達を、お持ちのヨットで助けてくださいました。 (当時新聞記事になっています。)
 森繁氏は、お背が高く、お洒落な口髭と革ジャンでハーレーに乗り疾走する姿は、船橋の田舎道とのギャップで強く印象に残っています。 本当に格好よかった。
 お屋敷と小田急の線路を結ぶ通りにお名前を使わせて頂きたいと、父はじめ商店主がお願いに上がると、快く承諾くださり、森繁通りが誕生しました。
 船橋の年配の方々が、親しく「森繁さん」とお呼びするのは、ご功績と共に、愛すべきお人柄や感謝の気持ちからです。
 有難うございました。 

 

       森繁氏 テヴィエ像除幕式      

     



       H 26年 11月22日(土曜日)、千歳船橋駅前にて10時より、森繁氏が長年演じた
   「屋根の上のヴァイオリン弾き」のテヴィエ胸像を移設しました。
   ちとふな地区の発展を願ってのご家族からの寄贈です。

   当日は、13時より加藤登紀子さんをお招きして、ミニコンサートを開催しました。
   また、知床斜里町観光課のご協力で、「知床物産展」も開催され、こちらは
   毎年開催されるそうです。

               森繁氏主演 「駅前シリーズ」 駅前音頭のポスター
      


     


            昭和39年度、東京映画作品 森繁久彌主演「喜劇駅前音頭」のワンシーン
     で、当店で撮影されました。

     私は、子供頃でしたがよく覚えており、後程撮影所で商店街やご近所の方々を
     招待して試写会があり、大人に混じって見させていただきました。

     商店街のアナウンスで、「おすすは、すずせい。 おうす~すずせいのおすすを
     どうぞ!」                                                                    
     東北訛りのズーズー弁で流れ、店主役の横山道夫さんが 
     「おすすじゃない!おすしだ。」と、血相変えて外に飛び出してくるシーンです。
     
     監督は佐伯幸三さん。 主な出演者は、森繁久彌 伴淳三郎 フランキー堺
     三木のり平淡島千景 池内淳子 大空真弓です。(敬称略)

     
    
     
         チトフナ駅前画像 1

  
 

    左上の画像は、 昭和39年上映の森繁久彌主演「駅前音頭」からのワンシーン。
   当時の千歳船橋メインストーリーで、画像右の建物に南海ストアーの文字と
   建物奥に勧業銀行(現みずほ銀)の立て看板が見えます。
   この建物は、船橋1‐10の「とんかつさぼてん」と二階の「ヤマハ音楽教室」が入る
   ビルで、現在でもビルの形は変わっていません。

   千歳船橋駅に向かって撮られ、遠くに見える白亜の建物は、現在サンジェルマン
   さんが入っているビルです。 その奥は、現在建て替え中の都営住宅で城山通りを
   挟んで、三棟建っていました。

   この年前回の東京オリンピックがあり、駅周辺には、モダンなビルや集合住宅が
   立ち並び多くの人々が、ちとふなに移り住むようになりました。
   皆さん夢や希望を持ち、高揚感に満ち溢れた時代です。
     
   
      
                    チトフナ駅前画像 2

  


         右画像は、森繁久彌主演駅前シリーズ、「駅前音頭」のワンシーンです。
    ちとふな駅前広場、マックと不動産会社の間に当時横道があり、そこから
    小田急線に向かって撮影されています。
    喫茶レイの看板が見えます。 当時としては、広くモダンな喫茶店で中央に
    噴水があり、大人の社交場でした。

    画像奥を走るのは、小田急ロマンスカーです。 
    この年新型車両が導入され、江の島まで開通されました。
    当時は、生活のため寸暇を惜しまず、働いた日本人に余暇が生まれた時です。
    ロマンスカーは、そんな人々の欲求に答え、箱根や江の島への日帰りや、
    快適な旅行を可能にした、夢の特急列車です。

    当時、楽し気な音色を発して疾走したロマンスカーは、子供達にとっても憧れで、
    同年夢の超特急、東海道新幹線も開通し、高度経済成長の始まりです。