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農作物販売所 |
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千歳船橋は、ここ数年宅地化が進み、 あちこちでマンションや住宅が立ち並び、 建設予定地も沢山あります。子供の頃 遊んだ、雑木林や竹薮また川や池、野原や畑 も整備され、自然がなくなりつつあるのは 寂しい気がします。 船橋には、まだ住宅の合い間に畑が残り、 生産緑地の看板が立てられています。 写真は、千歳台にある農作物の販売所で、 ちょうど収穫物を持ち込んできたもんぺ姿 に頬被りのご婦人と居合わせ、撮影させて もらいました。 この辺りは、むかし廻沢と呼ばれ、一面畑 と野原でしたが、今ではきれいに区画整備 されています。
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りんご園 |
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環八沿い、千歳台4丁目付近の畑の持ち主 内海博之さんが、何か地域の人々に貢献出来 ないかと考えたのが、りんごの観光農園です。 内海ご夫妻が、ご苦労の連続でりんごの 栽培技術を習得し、98年より開園。 20eの土地に、富士、津軽や陽光等の品種 を栽培し、今や家族連れで楽しめる 人気スポットになっています。 9月から11月上旬まで、毎週日曜日 10時から開園しています。 撮影に訪れた時、奥様が気さくにりんごを 剥いてくれ、これが意外に美味しい、 ご馳走様でした。
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実生ゆず |
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船橋4丁目の農家の庭先に、実生柚子の木が 植えられています。 この木は樹齢40年近くたつそうで、根元付近に 150年たつ親木の切り株があります。また、一年 おきに実をつけるそうです。 柚子の木は大きく成長し、枝に鋭い棘がある ので、同じ柑橘類の木に接木し、木を低くして 収穫し易いようにしています。 実生(接木していない)柚子は、フルーツの 様な甘い香りがします。この柚子皮を砂糖漬け にすると、うってつけのお茶請けが出来ます。
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竹林 |
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実生柚子が生るお宅の敷地内に、竹林 があります。 昔は、船橋のあちこち 竹林や竹藪がありましたが、今では こちらともう一箇所の二軒だけになって しまいました。 船橋は、筍の名産地だったそうで、 収穫期には良質の筍が多く採れ、近くの 市場ではまかないきれず、遠く神田市場 まで運んだそうです。 残念ながら、この竹林も来年宅地化され る事が、決まったそうです。
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船橋観音堂 (船橋1-20) |
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このお堂は、昭和11年に改築したもので 建坪9坪あり、本尊は観世音菩薩坐像で、安置 されている厨子の両扉には、足利時代の世田谷 城主吉良氏の紋章が刻まれている事から、吉良 家より寄進の仏像と言われています。 隣接する共同墓地は、鈴木一族(吉良家 家臣?)や同志代々の供養のために建てられ、 中には1650年代のお墓があり船橋で一番古い 墓地です。 昭和28年から国有地となり、昭和 51年に改修され、平成に入ると、鬱蒼とした 墓地は周りの木々が伐採され、随分と見通しの 良い明るい環境になりました。
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桜願観音 (船橋4-14) |
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希望が丘小学校の裏手に小さな祠が あり、朱塗りの鳥居をくぐって階段を 上がると、観音様が祀られています。 この辺りは昔小高い丘で、鳥居は 向かいの駐車場を超え、先の民家の 庭に一つ残されている鳥居とつなが っていました。観音堂は、小学校が 出来る時に平らに整地する予定でし たので、近くの花屋さんが、観音様 の周りのさかきを採ってしまい、それ が原因なのか(祟りか?)急死してし まったので、その方をご供養するため に観音様とその周りを残したと、聞いて います。 下の祠には、周りを掘った時 に出土した人形が二体祭られています。 観音堂の下には烏山川の支流が流れ、 近くの本村公園辺りにきれいな湧き 水が多数吹き出し、子供達の格好の 遊び場だったそうで、今でも公園から 水道道路に抜ける道は蛇行しており、 昔川だった名残りが覗えます。
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桜丘すみれば自然庭園 (世.桜丘4-23) |
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武蔵野の風景を再現するという、故 植村傳助氏の構想で昭和初期につくら れ、ご家族が守り育ててきた庭園で、 平成15年に世田谷トラストが、区から 管理を委託されました。 この庭園は、私たちと生き物たちの オアシスをモットーとし、そのための 育てる(手入れを行う)、調べる(生 きものの調査)、見守る(自然との付 き合い方)三つの方針があります。 また庭園には、自然解説委員がいて、 いつも来園者にわかりやすく説明し てくれます。 写真左はアサザ池、トンボ池。右 は庭園のシンボル、スミレが咲く 草地です。
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経堂五丁目 特別保護区 (経堂5-12) |
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世田谷区は、そのまま放置しておくと宅地化などで失われてしまう緑豊かな場所を、区の条例で特別保護区に指定して、環境保全に力を注いでいます。 現在、ここの他に烏山弁天池、神明の森みつ池、奥沢八丁目無源罪の四箇所が指定されています。 保護区は、長島氏個人所有の土地で大切に守られ、貴重な草花が数多く残されています。 春.秋の一般開放日は、年8回あります。 中央の池を水源に、烏山川に注ぐ川が流れていた記録があります。現在は埋め立てられ道路となり、烏山川も暗渠となり創造しがたいのですが、唯一城山通りの中村橋と言う地名に、名残を留めています。
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経堂の大くぬぎと大榎公園 |
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長島大榎公園は、経堂五丁目の特別保護区の真迎えにあり、昭和37年に長島壮行氏の提供によって開園されました。名前の由来となった大榎は、昭和40年で樹齢400年たつ巨木でしたが、昭和44年の台風で木が裂けてしまい、そこから腐り始めたので、その根元をレプリカとして今に残しています。 その近隣の民家に、大くぬぎがあります。 古代では、山や川、巨木や巨石などに神が宿ると自然崇拝の対象にしてきました。この木を前にすると目には見えないが、神聖な「気配」を感じます。
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烏山 弁天池 (北烏山4-30) |
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世田谷の特別保護区に指定されている弁天池は、北烏山の高源院にあります。 池中央に浮御堂が建てられ、弁財天が祭られたのが名前の由来になっています。 冬には鴨が飛来するので、別名かも池とも呼ばれています。夏にはスイレンや貴重なコウホネがきれいな花を咲かせます。 この池と井の頭公園の池とは地下水系でつながっていて、水位が同様に上下すると言われています。 また、船橋に流れていた烏山川(現在の烏山川緑道)の主な水源とされています。
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釣鐘池 (祖師谷5-33) |
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現在の釣鐘池は、住宅地に囲まれ区立の公園になっています。このあたりは標高45mの武蔵野台地で、記録によると昔は現在の倍の大きさがあり、森に囲まれ水量豊かな湧水池で、近くの仙川に注がれていました。 名前の由来は、「干ばつが続きで困った村人を救うため、寺の僧が釣鐘を抱いて身を沈めた」とする、言い伝えからですが、昔は湧水池を水流ヶ根(つるがね)と言い、それが訛ったと言う説もあります。 世田谷百景の一つに選ばれています。 船橋にも、旧烏山川やその支流に注ぐ湧水池がありましたが、現在ではすべて埋め立てられてしまいました。 昭和40年頃までは、船橋1-35 NTT公社前.同1-4 旧森繁邸跡.同3-17 ジューキ中央研究所辺りにありました。
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天祖神社 (経堂4-33) |
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神社の回りは宅地化が進み、ここだけが時間が止まったように木々が鬱蒼と生い茂り、昔と変わらない風景をそのまま残しています。 祭神は、天照皇大神、倉稲魂命で、創立年代は不明ですが、地元の伝承では永正四年(1507年)の鎮座とされ、当時は伊勢の宮と称し明治になり天祖神社と改称しました。 昭和51年に社殿と社務所の復興が完成し、経堂の総鎮守として風格と歴史の重みが感じられます。
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